広島高等裁判所 昭和27年(ネ)108号 判決 1952年10月14日
控訴人 被告 山崎八十一
被控訴人 原告 志摩重工業株式会社
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴人は当審における第一回の口頭弁論期日に出頭しないので、控訴状に基き陳述したものとみなす。これによれば本件控訴の趣旨は「原判決を取消す。本件を神戸地方裁判所洲本支部に移送する。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする」又は「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする」との判決を求める、というにある。被控訴会社代表者は主文と同旨の判決を求めた。
当事者双方の事実上の陳述並びに証拠の提出、援用は原判決の事実の部に記載と同一であるから、ここにこれを引用する。
理由
先ず控訴人主張の管轄違いの抗弁につき判断するに、控訴審においては専属管轄についてでなければ当事者は第一審裁判所が管轄権を有しないことを主張することのできないことは民事訴訟法第三八一条により明らかであるところ、本件は専属管轄に属するものでないことは本訴請求自体に徴し明らかであるから、控訴人主張の右抗弁は採用できない。
進んで本案につき判断するに、被控訴人がその主張の頃控訴人からその所有の船舶共進丸の修繕工事を請負代金八万六千三百五十円で請負い、被控訴人主張の日に右工事を完了して共進丸を控訴人に引渡したことは当事者間に争なく、被控訴人が控訴人から右代金のうち金三万円の支払をうけたことは被控訴人の自認するところである。
控訴人は、昭和二四年九月二五日被控訴人に対し右残代金五万六千三百五十円の債務の代物弁済として控訴人から被控訴人に対し同額の約束手形一通を振出したので本件請負代金債務は消滅したと主張し、控訴人が被控訴人に対し右約束手形一通を振出したことは当事者間に争のないところであるが右手形が本件請負代金債務の代物弁済として振出されたことについては何等の立証もなく、却て原審証人高本亀吉の証言によると、右手形は本件請負代金債務の支払の方法並びに確保のために振出されたものであることが認められるから、控訴人の右主張は採用できない。
次に控訴人は被控訴人から右約束手形の返還を受けなければ二重払の危険があるから本件請負代金を支払うわけにはいかないと主張するのでこの点につき判断するに、請負代金の支払の方法並びに確保のため約束手形が振出された場合は、約束手形金請求権と請負代金請求権とは併存し、原因関係により請負代金の請求をするにあたつては、請負代金の支払と引換に約束手形を返還することは要しないものと解するを相当とする。もつとも請負代金の支払のあつた後約束手形の所持人から手形金の請求があつた場合は、振出人は手形所持人に対抗しうる抗弁事由のない限りこれが支払の責に任じなければならないことになり、二重払の危険を負担することは控訴人主張のとおりであるが、かような事例は手形振出人が手形金の支払を拒絶したことに起因するのが通常であつて、売買代金の支払確保のため約束手形を振出した振出人としては止むを得ない危険負担というべく、これによつて生じた損害は後日債権者に対する不当利得返還請求乃至損害賠償請求により回復するよりほかない(約束手形の受取人が担保のため手形を第三者へ裏書譲渡して金融を受けることもあるが、その場合一旦手形を取戻してこれと引換でなければ原因関係による債務の弁済を得られないということになれば、約束手形の円滑な流通を阻害する結果を生ずる)。してみると、控訴人の右抗弁は主張自体理由ないものといわなければならない。
そうすると、控訴人に対し前記請負残代金五万六千三百五十円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日であること記録上明らかな昭和二七年二月二四日から支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める被控訴人の請求は正当としてこれを認容すべく、右と同趣旨の原判決は相当であるから、民事訴訟法第三八四条第一項により本件控訴を棄却し、訴訟費用の負担につき同法第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長判事 植山日二 判事 高橋英明 判事 宮田信夫)